みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

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トリビア40「安藤直次は主君から借りた望遠鏡を‥」

トリビア40

『安藤直次は主君から借りた望遠鏡を壊した』

(出典・・翁草)

先日NHKの「もう一度見たい番組特集」みたいなのを観ていたら、あの伝説の人気番組「クイズ面白ゼミナール」の「歴史クイズ」第一回目でこの話が取り上げられていました。
その時は「ふーん」で終わっていたのですが、よもやあの、当トリビアではおなじみ(トリビア32参照←ここをクリック)の安藤直次さんの逸話だったというのはつい最近知りました‥。


家康の10男・頼宣は家康から遠眼鏡(望遠鏡)をもらいました。

頼宣はたいそう喜び、国もとの櫓に登って遠くを歩いている人の家紋や顔を見て面白がっていました。
‥まあ、今も昔ものぞき趣味は人間の性分といいますか‥。

その夜。
家老の安藤直次が出仕してきました。

直次は頼宣が遠眼鏡で見たことを楽しそうに語るのをだまって聞いていましたが、その遠眼鏡を借りうけるとそれを持って出て

がっしゃーん!!

槍の間の敷居に打ちつけ、打ち砕いてそのまま退出していってしまいました。


「???」あっけに取られる頼宣とその側近。

普通の家臣なら即取り押さえてお手うちですが、なにしろ直次は父家康から特別につけられた付家老、藩のナンバー2ですので、頼宣は頭が上がりません。しかも理由を聞こうにもかなりじいやは怒っているようだし‥
頼宣は小姓両名に命じて直次の後をつけさせました。

直次は自宅に帰るとその小姓たちを見つけて
「殿はわしが気でも違ったかとお思いになったかもしれぬがそうではない。
遠眼鏡というものは敵の陣中や船などをご覧になるか、お慰みに使うにしても森や山をご覧になるならばそれは重宝なことだ。

だが今日のようにご城下をいつも見ているのならばもってのほかの害だ。
国主が櫓から城下をじかにご覧になっていると承ったら下々の者はその道を通ることができなくなるであろう。それだけでも民にとっては迷惑だ。
その上、下々は常々不作法が多いが、それでもって気を養っている。だがそれもご奉公のため。

このように申す私とて、かげの暮らしをご覧になられたら殿はおあきれなさるだろう。そのほかにも殿から見限られる者が続出することだろう。

外国の聖主は下々のことをじかに見聞きしないよう冠に目隠しのすだれをかけ、左右に耳金をつるしていたという。一国の君主はよくお考えになることだ。」



‥それを伝え聞いた頼宣はその諌めを聞き、その後遠眼鏡のことはいっさい口にも出さなかったといいます。


現代にも通じるすばらしい直次の言葉、思わずほとんどそのまま書き写してしまいましたが、途中「かげの暮らし」というあたりで思わず噴き出してしまったやつがここにいる(そしてこの話を自宅まで行って聞いたという小姓二人をちょっと心配した)

‥まあそれは冗談にしても(笑)、直次も井伊直政や永井直勝との「噂」(こちらを参照)が400年後まで残っているくらいの人ですから、ひょっとしたら若いころは他人の「のぞき根性」によって心無い噂を立てられたりして彼なりにつらい思いをしたのかもしれませんね


他人に対して厳しいエピソードの多い直次ですが、厳しいようでちゃんと主君を立ててるんですよね。
直次が家康からじきじきにつけられた家老ということは皆が知っている事実。
その家老に叱られてしまったら若い君主のメンツが(内にも外にも)立たない。
主君をじかに叱るのではなく、独り言という形で間接的に主君を諌めるそのへんに直次の人間性、そしてこんな直次を息子の教育係にした家康の人を見る目の確かさが感じられます。

直次は家老職の傍ら、紀州田辺の城主(付家老は家臣でありながら城が持てるという特権がありました)として、やせた土地でもできる梅の栽培を奨励したりして地元の発展に貢献しました。
そう!現在有名な和歌山の梅は三河武士の安藤直次がその始めだったんですね~。
これから梅のおにぎりを食べる時は直次のプライベートに思いをはせてください‥。



↑イラスト解説‥
実際には目の前では壊していない。足で踏んでもいない。でもイメージで、ね。

徳川御三家付家老の研究徳川御三家付家老の研究
(2006/12)
小山 譽城

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