みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

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トリビア32・井伊直政に夜這いをかけた武士がいる

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『井伊直政に夜這いをかけた武士がいる』

(出典・・「美少年日本史」「井伊軍志」ほか)

今回もほたさまから資料・ネタを提供していただきました。ありがとうございます!
‥えー、タイトルの通り、今回は衆道ネタです。苦手な方はスルーしてください(と言ってもたいしたもんではないですが‥)。

井伊直政に夜這い!!
あの、敵からは赤鬼と恐れられ、味方からは部下をばっさばっさと手打ちにするため人斬り兵部と恐れられた、あの井伊直政に夜這いをかける‥そ、そんな世にも恐ろしいことが出来るやつがいるのでしょうか!?

その猛者の名は安藤直次といいます。三河譜代で、歴戦のつわものと名高い豪傑です。

井伊直政は幼名を万千代といい、16歳の時から家康の小姓として仕えていた‥というのはご存知の方も多いと思います。
当時万千代は、生来容顔美麗なことに加えて、余りに家康が万千代をかわいがるので「あの二人ひょっとして‥」という噂が当時から浜松っ子の口に上っていました。
史実的にもそれを匂わすような話はいくつもありますし、かの『甲陽軍鑑』も万千代のことを「近年家康の御座(おざ)を直す。」(=お手つき)と書いています。

そんな万千代に対して直次は‥
「御愛童井伊万千代に恋慕、御小姓部屋に忍び込みたる儀之有(これあり)」(『旧談』)
という、大胆不敵なことをやっちまったんだそうです!

‥その後どうなったかは記述がないのでわかりませんが、万千代が撃退したのかもしれません(彼の性格からして半殺しか決闘か、ともかくお互い無傷では済まされなかったと思う)。

さて、この「夜這い事件」の後、家康はどうしたでしょう。
まさか自分の寵童に(未遂でも)手を出した部下をほっておくとも思えないのですが‥。

そこは家康。小牧長久手の戦いのおり、家康はなんとわざわざ安藤直次を召して
「初陣したばかりで未熟な万千代を指導し、手柄を立てさせてやってくれ。」
と懇切丁寧に頼んだそうです(「烈公閑話」)。

家康は直次に「万千代への横恋慕の情」があるのを知って、このように頼んだのでしょうか。
だとしたら、部下の「その気」まで利用して上手く使った、いかにも家康らしい冷徹な人材活用術と言わねばなりません。
直次はそれに応えて、みごと敵の大将を仕留めたそうです。
ただその時、万千代に大将首を取らせようと「万千代!万千代!」と呼んだのですが、当の万千代は敵を追いかけてどこかに行ってしまっておりました‥。

こんな安藤直次ですが、冷酷非情ともとれるほどの勇猛なエピソードが多い、硬派な「いくさ人」でした。
その経験と実力を買われ、晩年は紀州徳川家の附家老として家康の十男の頼宣に仕えました。

ある日、頼宣が怒って刀のさやで家来を殴ってしまいました。
その話を聞いた直次はやってくるなり主君の両膝をすごい握力でぐっとつかみ、その非を諭したと伝えられます。
頼宣は後年になっても、この時できたひざのアザを家来に見せ、
「このアザがなければ、今ごろ紀州藩はなくなっていただろう。」
と彼の忠義を懐かしんだそうです(↑イラストはその時の想像図です‥少し孔の偏見が入っていますが)。

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