みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

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トリビア31・直政の屋敷跡は美白・美顔の聖地だった

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『直政の屋敷跡は美白・美顔の聖地だった』

(出典・「とうふ匠 清司」HP・「井伊軍志」ほか)


今回のトリビアはほた様からいただきました(ありがとうございます!)。


関ヶ原の後、上州高崎から近江の佐和山に入城した直政とその配下。
しかし当然ながらそこは敗戦の地。城は落城し、城下は荒れ果てておりました。

そこでやむなく直政とその家臣は、佐和山城の郭や武家屋敷を摂取、修復し、当分のあいだそこに住むことにしました(もちろん、このときまだ彦根城は影も形もありません)。

大将である直政の屋敷があったのは佐和山城の搦め手側愛宕山米蔵附属の曲輪だったそうです。
直政が住むようになってから、愛宕屋敷とよばれ、ここで直政は42年の短い生涯を終えたのでした。
(ちなみに愛宕山とは愛宕権現を祀る神社が敷地内にあったことからきているんだそうです)

‥と、ここまでがこのトリビアの前置きです

そのお屋敷跡ですが、現在仙琳寺というお寺になっております(開基は彦根藩四代藩主井伊直興の子、本空)。
境内にある恵明権現は、頭痛などの首からの上の病気にご利益があると言われ、かつては大勢の人が、豆腐を持ってお参りに来たそうです。
が‥
そこからいつのまにか、「美白・美顔」に効果があるということになり、彦根城下の乙女たちが色白の豆腐をお薬師様に供えるために日参するようになったのだそうです。

美白と直政。
一見奇異な取り合わせのようにも思えますが‥。
思えば。
直政が家康に取り立てられ、大出世の糸口をつかんだきっかけは彼自身の才覚、家柄のほかにその美貌も大きく影響した(まあ、戦国では珍しくない‥あれですね^^)といわれます。

とすれば!
恋の成就人生の永久就職を願う乙女たちにとっては直政はまさにカリスマ(?)!
彼女たちが直政の終焉の地に大挙して押しかけ祈るのはどうしてなかなか、自然の理といいましょうか、いいとこを衝いているのかもしれません。
そういえば‥彦根城にいるあのネコも「彦根のモチさん」といわれる美白(?)ぶりですね。


彦根城築城400年祭もあとわずか。
彦根城やひこにゃんもいいけれど、たまには秋深い佐和山の古寺を訪れて、美白を祈りながら直政の激しい生涯に想いを馳せるのもよいかもしれません‥。
追記:‥↑と、書きましたが、後日実際に仙琳寺に行ってこられた方のお話によると、寺内はかなり荒れ果てていたそうです!万が一行かれる方は十分にお気を付けください。

ちなみに「とうふ匠 清司」さんのHPはこちら(「とうふ匠 清司のこだわり」というページに仙琳寺の記事があります)。

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