みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

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トリビア19・「本多忠勝が刀傷を負ったという言い伝えがある」




『トリビア19・本多忠勝が刀傷を負ったという言い伝えがある』

(出典・「家康の愉快な伝説101話」御手洗清/演習伝説研究協会)

「生涯57戦して一度も刀傷をおったことがない」のはうそだった!?そんなばかな!!

‥とはいっても民話での話。だから「こんな言い伝えがあるんだ』くらいに聞いて下さいね。


先日見つけた、静岡に伝わる家康の伝説・民話を集めた本の中に一つだけ忠勝が出てくるものがありました。
どんな民話かといいますと‥。


静岡に「池谷(いけがや)」という姓の人がたくさんいる村があったそうです。

その昔、家康は戦に負けて、本多忠勝とただ二人で大勢の敵に追われて逃げておったそうです。忠勝と一緒でもかなわない敵‥すごい数ですね!

ちょうど農作業をしていた農夫に頼んで、忠勝と二人、傍らにあった萱(かや)の束の中に隠してもらいました。
ぎゅうぎゅうぎゅう‥。


追ってきた敵はそこに巨大になった萱の束を見つけます。
「これが怪しい(そりゃ思いますって‥)」

敵兵はざくりと槍を突き刺しました。
‥こういうときの定番といえば定番ですが、槍は忠勝の足に刺さってしまいます。

ぐさ!(痛い、痛ーい!)

しかしその時忠勝少しも騒がず(ここで騒いだら忠勝じゃない)、冷静に着物のはじでやり先を握り、すっと血を拭いてやりました。

そしてやはりこういうときの定番といえば定番ですが、いくら何でも人を刺した手応えがあるだろうとかそんなことは一切気がつかない敵さん。

敵は槍に血のついてないのを見ると、ここにはいないとあきらめてそのままいってしまったそうです。

助かった家康は萱と、その向こうにある池を見て

「お礼に名字をやろう、いけがや(池・萱)と名乗るがよい。」(けちだなーと思うかも知れませんが、昔は名字がもてるだけですごい名誉だったそうです)。

と言って忠勝と一緒に落ち延びていったといいます。めでたしめでたし(?)。


この本にはこのような家康伝説101話がおさめられています。
本の解説にもありましたが、ほぼ8~9割の話が家康が戦に負けてたった独りで逃げている‥という設定。
家康の完全な敗北は三方が原くらいなんですが、どういうわけか武将らしい勇ましいエピソードではなく、負けて逃げ回っているものばかりだそうです。

これは庶民が家康公に対し他の英雄にはない、親しみを感じていた表れではないか‥というのがこの本の著者の方の説でした。

他にもけっこう面白い民話が載ってて、本当なら全部ご紹介したいところなのですが、さすがに無理ですので、また静岡の本屋に行かれた際には探してみてください。

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