みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

トリビア16・手袋の結び方を習うために行軍中に寄り道した人がいる




『手袋の結び方を習うために、行軍中、寄り道した人がいる』

(出典・「歴史読本」特集・徳川家康と三河武士団)

さっき久々に大河ドラマ「徳川家康」の数正出奔のあたりをビデオで見なおしていました‥やっぱりいつ見ても泣けます。江原真二郎さんが超エロかっこいい!


そんなわけで今日のトリビアは‥

「手袋の結び方を習うために行軍中寄り道した人」
それは徳川の家老にして西三河の総司令官であった石川数正その人です。


時は三方が原の戦い直前‥

数正は信長の加勢として近江に向かう途中でしたが、信玄が遠江に進軍中と聞き、急遽引き返します。
西三河総司令官として一国も早く帰らねばなりません。

ですが数正、その際、何を思ったか道を外れ、浅岡某という弓矢の名人の家を訪ねます。

そしてユガケという、弓を射る時の手袋の緒の結び方を習ったといいます。

そのわけを訪ねる人に向かって

「自分は弓矢の引き方は知っているが、田舎流であって、作法にかなったユガケの結び方も知らない。今度の戦で討ち死にした場合、

数正は弓矢の作法も知らなかった、と

人のあざけりを受けたくないからである。」

と答えたといいます。


危急存亡の中、作法のために寄り道する彼。
きっと現代にいたら冷やし中華にマヨネーズをかけたり、トーストにバターと小倉あんをぬったりするなどと聞くと怒り出すタイプかもしれません。
いくらおいしいといってもカレーに納豆をかけるなんて聞いたら卒倒するかもしれませんね。

まあそれは冗談として。


数正は田舎侍三河武士の中にあって、たしなみを持ったジェントルマンだったようです‥。

こんなエピソードや、彼の建てた松本城のストイックかつ品のあるたたずまいを見ると、彼の人柄がなんとなく分かるような気がしますね。


彼の出奔には諸説あり、家康のスパイとして秀吉に寝返った、家臣団中で地位を失い始めていたから新天地を求めたなどさまざま言われております。
でもそんなことの前にまず、

うん、三河気質は肌に合わなかったかもね‥。

「へえ~」ボタンの代わりに拍手ボタンをつけました。
「へえ~」と思った方はクリックお願いいたします↓

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。