みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

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トリビア14・三河武士の代名詞・唐の頭は拾い物

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『三河武士の代名詞・唐の頭は拾い物 』

(出典・「酒井忠次公傳」桑田忠親・先求院堂宇修繕後援会)

「家康にすぎたるものが二つあり 唐の頭に 本多平八」

これはご存知のとおり、一言坂での忠勝の勇戦振りを称えて武田方の者が書いた落首だとされています。

この「唐の頭」というのは舶来品のヤク(シャグマ)の毛で作った兜飾りのことで、三河武士の十人に七・八人はこれをつけていたそうです。つまり三河武士の代名詞だったわけです。

ですがここでひとつの疑問。

貧乏で質実剛健が売りの「いも侍」三河武士が、何故高価なヤクの毛を大量に手に入れることができたのでしょうか!?

第一主人はあのけちな家康なのに‥
※追記…「唐の頭」は信長にもらったという説もあるそうですが、このコーナーは多少うさんくさくてもおもしろそうな話のみを載せるというコンセプトなので敢えて無視します!

こんな私の数年来の疑問に答えてくれたのが、前回のトリビアでご紹介した、昭和14年発行の、「酒井忠次公傳」です。

それによりますと‥。


永録九年頃、三河片浜に一艘の南蛮船が漂着しました。早速三河三奉行が行って調べてみると、中にはさまざまな珍しいものが。
その中に「唐の頭」と呼ばれる獣の皮がたくさんあったのです!

三奉行はこれを取って(取るなよ‥)家康に献上すると、家康はたいそう喜び(そりゃあタダだもんな)、蛮人どもに(←と、この資料には書いてあるのでそのまま書きます)米や鳥目(←?)などを与えてこれ(←「蛮人ども」のことですね)を直ちに送りかえしたそうです(ひどい‥)。

さて、格安で手に入れたものの、三河人の誰もこの「唐の頭」がどんな動物なのか知らない。‥こまったな。

家康は学者たちを集めて聞いたが誰も答えられない(そりゃあ生物学者じゃないもの‥)。

ところが、龍海院の物外和尚という人が

「唐の頭という獣は安南国にいる獣で、人の善悪を見分け、心中に悪意あるものを食いころし、善なるものにはなつきます。それゆえ安南国では朝敵退治のときは真っ先に進んで駆け、賊を退治すといわれています。
その勇猛にあやかり、唐の国ではこの「唐の頭」の毛を兜に着けるのだそうです。」

と明確に答えたので、家康は和尚の博識を賞賛し、唐の国に倣って諸将に唐の頭を分かち与え、武具に着けるように命じたのだそうです(通航一覧巻の177・安南国部7)。


ななな何と、「唐の頭」は漂着した外国船からいただいたものだったんですね~!(一応米などと引き換えたみたいだけど、実際の代金よりも絶対少なかったでしょう‥)


この和尚の言ってる事が正しいかどうかは別として、一応「唐の頭」にはそういう意味があったんですね‥。

しかし、はるばる貿易しにやってきた南蛮船の商品をもらっといて「悪意あるものを食い殺し、善なるものになつく」も何もねーだろ‥と思うのですが。

それでいいのか三河武士!?あ、君命だからいやでも着けなきゃだめなのか‥。

これからヤクみつるを見かけたときには、「お家の犬」こと三河武士の忠誠心に思いをはせてみてください。

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