みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

トリビア9・酒井忠次の駄じゃれが正月の門松のもとになった

10.jpg


『酒井忠次の駄じゃれが正月の門松のもとになった 』

(出典・「家康十六武将」徳永真一郎(毎日新聞社)ほか)

これは結構有名な話なのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが‥。

家康がまだ武田勝頼と交戦中だった頃、正月に武田方から年賀の使者がやってきました。

そのとき使者が持ってきた句を見て、三河侍たちは激怒!

松枯れて 竹たぐひなき あしたかな

松は松平、竹は武田をひっかけてこちらを揶揄した句だったのです。
しかしすかさず徳川「第一のおとな」、家老の酒井忠次がこう返事をしたためて送り返したそうです。

松枯れで 武田首なき あしたかな

これには双方、「うまいことを言うなあ」と拍手喝さい。
この忠次の句が徳川の運を開くきっかけになったというので、以来徳川家では正月の松飾の竹の先を切る習慣となり、それが門松のもととなったのだそうです。

この3年後に武田は本当に滅んでしまうので、のんびり句なんか詠んでる場合じゃなかったんですけどね、武田は。

ちなみに忠次はこのほかにも即席の芸で皆を笑わせたり、場を和ませたりというエピソードが多くあります。
家老でありながら徳川家の癒し系的キャラといったところでしょうか。

徳川四天王を戦隊ものにたとえると、まず間違いなくカレーを食べる人(イエロー)でしょう‥。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。