みかぶしトリビア・リニューアル

三河武士に関する意外な(ちょっとうさんくさいことも含めて)真実。

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トリビア8・忠臣蔵の大石内蔵助は鳥居元忠の子孫




『忠臣蔵の大石内蔵助は鳥居元忠の子孫』

(出典・歴史街道2005年11月号)

この前のトリビアで言っていた、「元忠の超有名人子孫」というのがこの人です。

まあいまさらこの子孫について説明することもないですが‥。そもそも何故元忠の子孫が広島に!?

‥元忠の鳥居家は千葉の大名ですが(その後あちこち転封)、元忠の息子の一人が関ヶ原の後、浅野家に寓居しており、その娘が大石内蔵助の祖父である大石良欽(よしたか)の妻となったのだそうです。

つまり、大石内蔵助は鳥居元忠の孫の孫ということになります(のび太くんとセワシ君の関係ですね)。

ちなみに元忠は関ヶ原を前に京都伏見城の留守居役を勤め、挙兵した石田三成の4万の軍勢をわずか1800人で支えて討ち死にしました(もちろん、そうなることを覚悟の上で留守居役を引受けたのです)。

忠義者遺伝子というのがあるのかはわかりませんが、大石の討ち入りの決意の裏にはご先祖様の影響があったのかもしれません。

ちなみに三河では吉良さんは名君として知られておりまして、12月ともなれば複雑な思いでテレビを見ておるのですが、大石も所詮三河者だと知ると何だかちょっとうれしくなります(でもやっぱり複雑だ)。

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